計画と経営

私は大学時代「社会工学」という学問を専攻していた。簡単に言うと社会事象を工学的に研究する学問であり、大きく、計量経済系、OR系、そして土木・建築系である都市計画の3つに分かれる。大学院までの自分をカテゴライズすると、「社会工学」→「都市計画」→「土木(交通)計画」→「発展途上国の交通計画」という枠組みになろう。そして博士号取得後、その延長で発展途上国の交通計画策定を最も得意とするコンサルタント会社に入社した。今でも自分は発展途上国における交通プランナーだと自認している。

 

ところが、最近私が行っている仕事の中心的な業務はいわゆる土木計画からは少し離れたものになっている。鉄道運営会社の設立支援だ。改めて自分のCV(履歴書)を確認すると、2010年からホーチミン、ハノイ、そしてジャカルタで継続的に同様の案件に携わっていた。ハノイの案件では副総括を務め、ジャカルタでもグループリーダーとして携わっている。

 

鉄道運営会社の設立支援の案件、と一言で言っても検討するべきことは山ほどある。まず、会社をどのような位置づけにするのか?地方政府の下部組織か、独立した組織か、その場合どの政府機関が管理者になるのか?株式会社なのか、はたまた異なるのか… そして、民間の資本を入れるのか入れないのか、入れるとしたらどのような形態にするのか?全て民間に任せるのか、あるいは一部にするのか?その場合、インフラの所有者はどうするのか?補助金は?運賃は誰がいつ決める?こういった大きい話から、現場の人間の職制はどうするのか?勤務形態は?彼らのキャリアパスはどう設定するのか?などの細部の話まで。鉄道会社をイチから作るわけだから決めなければいけない事が多いことは容易に想像いただけると思う。

 

では、土木計画を専門とする私がなぜこのような一見畑違いの仕事をしているのか?その問題意識はバンコクの都市鉄道を巡る話に帰着する。バンコクでは90年代初頭、当時世界一酷いと言われた渋滞の改善を目指して都市鉄道整備の計画が持ち上がった。一方のタイ政府には潤沢な資金がなかったため、民間資本での整備(いわゆるBOT)となった。民間資本によるインフラ整備は、政府の支出がとても小さくなることが期待され、かつノウハウのある外国企業がこれに関わることで最新の技術で効率的に運用することが出来る見込みが大きい、と一見良いこと尽くめに思わえる。ところが蓋を開けてみると、1999年に開業したタイのスカイトレインを管理するBTS社は2006年に経営破綻を起こし、一時期政府の管理下で経営再生を行った歴史がある。なぜこのようなことが起こったか?いろんな要因があるとは思うが、関係者の話を総合するに、鉄道インフラの運営・維持管理にかかるノウハウをタイ政府あるいはタイ側が習熟せず、常にコントラクター(であるシーメンス)の支援がないと自分たちでは何も出来ない仕組みを作ってしまった事が最大の要因ではないかと考えられる。

 

つまり、鉄道インフラを作ることはお金さえあれば出来るが、それを有効的かつ継続的に市民の皆さんに利用いただくためには、公的な視点に立った健全な鉄道経営のスキームもともに整備していかないと意味がないと思うに至った。交通計画の目的が都市の交通改善にあるならば、そこの最も肝となる部分を交通プランナーである自分でやらずに誰がやる、という使命感で10年近く走ってきたのが現状である。

 

そうは言っても、隣の芝は青いもので、直接的な交通計画に関わる仕事をしたくなる時もある。交通計画と鉄道経営、今後のコンサル人生で二つの車輪をバランスよく回していくことができれば、というのが今の目標である。簡単に言うと、計画のお仕事も回して下さい。

 

註:某人の指摘により最後の(笑)を削除しました。