HとH、HとS。

前回の投稿に対する皆様のスルーっぷりが自分的にある程度堪えており、年末のバタバタもあって今月の投稿はスキップしようと弱腰になっていたが、こういうのは一度甘えてサボってしまうと二度と軌道に戻らない、と、一念発起してこうしてこの文章を書いている。

 

私は鉄道技術者(の端くれ)であり、ベトナムに長く住んでいる人間である。やはりそういうバックグラウンドに基づいた投稿を皆期待しており、そうでないといとも容易くスルーされてしまう事が前回の件を通じてわかった。「【こんこん】の生みの親は私である」なんていう黒歴史、そもそも誰も聞きたくなかったのだ。

 

それを踏まえて、今回はハノイとホーチミン市について。

 

私が現在住んでいるのはホーチミン市であるが、2005年にはハノイに住んでいたことがあり、2011年から2015年まではほぼ毎月2週間ホーチミン市からハノイへ出張で行っていた。私が2011年からハノイで行った仕事は、彼の地における都市鉄道運営会社設立支援の案件であり、これを通じてHanoi Metro Companyが2014年に設立された。日本の都市鉄道支援という点では、ホーチミン市はハノイよりも先行していたが、ハノイにおいては中国が支援する路線の整備が先行しており、この開業がホーチミン1号線より先になると見込まれたことから、その運営会社の設立もハノイのほうが先に行われた。

 

ハノイにおける鉄道運営会社の名称(愛称)は「ハノイメトロ」となった。ベトナムでは他の東南アジア諸国で広く使われているMRTという言葉がいまいち根付かず、フランスの影響かメトロという言葉が市民の間では一般的であったこと、ハノイの会社設立支援は東京メトロが中心となって行ったこと、から、この名前はすんなり決まった。

 

ところが難航しているのがホーチミン市である。ハノイの場合は、中国支援の2A号線、フランス支援の3号線、そして日本支援の2号線が整備に向けて具体的に動いている路線であるが、ハノイメトロがこれら全ての路線を運営する、ということで我々の活動を通じて政府の承諾を得ていた(この承諾を得るのにも一苦労であったが、それは別の機会に)。一方ホーチミン市においては、日本支援の1号線とドイツ支援の2号線が具体的な案件であるが、1号線を運営する会社がドイツ支援の2号線も運営するかは明確に決まったわけではなかった。そこで、ホーチミン市に設立が予定されている会社の登録名は "Ho Chi Minh City Urban Railway Company 1 (HURC1)"という何とも野暮ったい名前になってしまった。愛称もまだ付いていない。

 

私は、これを「サイゴンメトロ」と呼んでほしいと願っている。しかし、ホーチミン市鉄道局副局長にこの話をすると「サイゴンは政治的にセンシティブだからな」と本音を語ってくれた。そう、「サイゴン」は政治的にセンシティブなのである。

 

「サイゴンツーリスト」や「サイゴンビア」など、サイゴンというホーチミン市の旧名を目にする機会は多い。ホーチミン市のタンソンニャット国際空港のコードはSGN、今だにサイゴンである。しかし、言わずもがな、元々南ベトナムの首都としてサイゴンと呼ばれていたこの都市は、サイゴン「解放」によってそれまで敵対していた国の盟主であった人物の名前を冠した市名、つまりホーチミン市に改名された歴史がある。元々の南の住民にとっても、北から来た政府の人間にとっても「サイゴン」と言う名前はそれぞれの意味でセンシティブなのである。そうはいっても、市民に愛される都市鉄道、その呼称は極めて重要である。それがHURC1だと誰も呼んでくれない。「タンホー(市の意味)ホーチミンメトロ」は呼称としては長い。Hメトロなんてアイディアも出るかもしれないが、Hanoiの"H"とHo Chi Minh Cityの"H"は被っているのである。

 

会社の正式名称と愛称は異なっていてももちろん問題ない。愛称は今後開業が近くなるにつれて具体的に決める必要が出てくると思うが、私は是非「サイゴンメトロ」を実現させたいと切に願っている。なぜならサイゴンは市民皆に愛されるべき呼称であり、未来に残しておくべき名前であるから。