ブログと私。

思えば「ブログ」というものに取り組むのは初めてかもしれない。

 

コンピュータとの付き合いは短くない。2歳上の兄が中学に上がるときに初めて両親から買ってもらったPCがNECのPC-8001 Mark IIだったと記憶している。兄は夢中になってこのコンピュータに日々向かっていた。私も兄の横に座って一緒にゲームをやらせてもらっていたものである。デゼニランド、サラダの国のトマト姫、ポートピア連続殺人事件…今思い出してもワクワクするようなゲームの数々。テープから流れるロード音。それが今から30年以上も前の話である。

 

進学したのは国立大学としては新設の部類に入る大学で、コンピュータ教育には比較的熱心だったと思う。そこで初めてインターネットなるものに触れる機会を得た。ただ、当時は専門的な知識が無いと入り口で門前払いを食らうような状況であったこと、私は「都市計画」を専攻したので他分野にそこまでの深い学究心は沸かなかったことから、インターネットとは付かず離れずの生活を送っていた。

 

その後、大学院博士課程に通っていた1990年代後半、世間ではインターネットはまさに百花繚乱であった。携帯電話向けのサービスiModeが始まるやいなや、くだらないネタを載せた自作のホームページを作成しそれが専門誌に取り上げられたり、ジオシティーズというホームページ開設サービスサイトで「ネオポチャ総研」という訳のわからないサイトを運営していたり、大学院の比較的自由な時間とネットへのアクセスの良さをフルに活用してインターネットを愉しんでいた。一方、まだ当時は「ブログ」という文化は日本ではさほど根付いていなかったと思う。

 

その後就職し東南アジアでの生活が今日まで15年間続くなか、Twitterを2009年11月に、facebookを2011年8月に始め、日々の思いや発見はこの二つのツールに綴ってきた。Twitterもフォローワー数が1500人に迫り、世間から無視をされているような状況ではないとも感じている。

 

そして、2017年8月。なぜ今ここでブログを始めるのか。

 

一つは、Twitterはもちろん、facebookも長文を書くのにはあまり適さないと感じているからだ。facebookの投稿の殆どがスマホで見られていると思われる今、長文の投稿をするのは少なからずの抵抗がある。そして、心に残るような文章をたまにブロブ、特にはてなブログで散見する機会が最近増え、自分もそのような記録を残したいと感じるようになった。

 

ブログをはじめるにあたり、自分の人生をレビューしたのは私ぐらいかもしれないが、お付き合い頂きましてありがとうございました。自分が行っている都市鉄道に係る活動(を問題のない範囲で)、また東南アジアの生活で感じたことなどを数ヶ月に一度上げることができれば、というのが今の目標である。思いつきの基本くだらないネタはTwitterで、リア充報告はfacebookで、そしてはてなブログでは溜まったまとまった想いを吐き出したい、と考えている。